なかよし家族
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1,謎の奇病に掛かってしまった(3)

 優菜は言葉を詰まらせてから、診察台に横になっている龍之助の方に目をやった。
 視界の先には勃起不全とは正反対の、猛々しく屹立したものがあるからだ。
 充血しすぎて血管がしっかりと浮き出ている剛直は、若々しすぎて間違っても不能状態とは言えるものではなかった。

「まぁ……戸惑う気持ちはわかります。なんせこれは原因のわかっていない奇病ですから」
「き、奇病?」

 不穏な単語に、龍之介は聞き返した。
 医者は大きく頷くと、説明を続ける。

「本来性機能障害とは心身における何かしらの理由で勃起不全を引き起こす障害です。しかし最近ではその逆――精液を無尽蔵に作り続ける機能障害も確認されているのです」
「な、なんですかそれは……何が原因なんですか?」
「それが、何分症例が少ないもので……今の所さっぱりわからないんですよ」
「そ、そんな……」

 医者の説明を聞いて、龍之助は絶望した。
 と、いう事は……これから僕はこの激痛と収まる気配のない勃起を抱えて生きていかなければいけないって事なのだろうか? そ、そんなの絶対無理だ。隙あらばズキズキと痛みを上げる陰嚢と、邪魔な突起物を抱えて残りの人生をやっていける自信なんて、龍之助には到底なかった。
ただでさえ最悪な状況を畳みかけるように、医者は話を続ける。

「今龍之助君は、無尽蔵に精液を作っている状態です。それを排出しようと性欲が昂り勃起状態が維持されています。しかし、このまま排出しないでいると、いずれ彼の精巣は精液の圧迫に耐えきれずに睾丸ごと爆発するでしょう」
「…………先生? すいません、今なんて言いました?」

 バクハツ、という聞き慣れない単語を耳にした気がした龍之助は、改めて先生に聞き返した。

「定期的に射精をしないと、龍之助君の睾丸は爆発してしまいます」

 さっきよりも簡潔に、わかりやすく説明する先生の言葉に、龍之助のメンタルは絶望を通り越して虚無の世界までやってきた。

(つまり……僕は射精し続けないと玉無しになるって事……!? それに爆発って、爆発しちゃったらもう死んじゃうんじゃないの……?)

 情緒が追い付かないまま、涙だけが先走り、龍之助の瞳を濡らす。
 そりゃ人はいつか死ぬのはわかっていたけれど、まさかこんな唐突にやって来るなんて思わなかった。あぁ……こんな事ならもっと色々やっておけば良かった……。

「逆に言えば……定期的に射精さえすれば、龍之助の容態は元に戻るんですね?」

 ネガティブな事ばかり考えている龍之助を尻目に、優菜は先生に質問した。

「はい。そういう事になりますね。幸いこの症状は一過性のものしか確認出来てません。つまりなんとか収まるまでやり過ごしてしまえば龍之助君はまた元の日常に戻る事が出来ます」
「ほ、本当ですか!」

 先生の言葉に、優菜と亜花梨は声を荒げて確認する。
 その姿を見て、先生は首を大きく縦に振った。

「では早速ですが、龍之助君の処置を始めます。どうやら限界が近いようなので」
「え?」
「お願いします、先生!」
「え??」
「任せてください。それじゃあ茜君、処置の方頼みます」

 先生が後ろにいた看護師に向かって名前を呼ぶと、看護師の女性が「はい」と返事をした。

「え???」
「では、龍之助君の処置をしている間に、今後の対処についてお話します」
「わかりました」

 気が付けば、まるで龍之助を置いてけぼりにするように円滑に話が進んでいき。龍之助は茜と呼ばれた女性に手を引かれて『処置室』と書かれた部屋まで連れていかれる。

「あ……あのっ! 僕ちょっとボケッとしてて、あんまり状況が理解できていないんですけど!?」
「大丈夫ですよ、私に任せてもらえれば、すぐに痛いの無くなりますからね」
「いや、聞きたいのはそういう事じゃなくてっ、お、お母さんっ、亜花梨姉ちゃん!」
「お母さん達、先生にお話を聞いておくから、タツ君も頑張るのよ」

(何を……何を頑張るの……!?)

 困惑したまま、半ば強制的に診察室を後にした龍之助は、茜と一緒に処置室に入って行った。

 処置室に入ってみれば、部屋の中は真っ暗で、シン……と静まり返っている。
 独特の静けさに、なんだか閉塞感を感じた龍之助は少し不安になってきた。

「電気を点けますね」

 茜が照明のボタンを押すと、天井に設置されている蛍光灯がチカチカと点滅してから、部屋に明るさがやってきた。
 辺りを見回してみると、トゲトゲとした壁が一面に設置されていて、とても印象的に感じた。確か……大学の音楽系の施設で似たようなのを見たような気がする。

「気になりますか? それは吸音材といって、防音設備の一つなんですよ」

 何やら準備をしながら、茜は独り言のように龍之助に説明してくれた。

「へぇ……でも何で防音設備なんてものが?」

 ここは医療機関なんだから、こんな防音設備必要ないと思うけど。
 と、そう思ったのも束の間、気が付けば近くにやってきた茜は龍之助の肩に手を乗せる。

「それは勿論、防音設備ですから。音が外に漏れないようにする為ですよ」
「看護師さん?」

 トンッ――。

「うわっ」

 不意に押されてしまった龍之助は、勢いに任せて身体を走らせ、目の前にある簡易ベッドに座り込んだ。

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