1.3話

 ……考えてみたら当たり前か。
 このアパートは玄関から一直線に台所、居間、寝室と続く2Kの間取りになっている。
 それでも住めない事はないだろうが、親子三人で暮らすにはどうにも手狭だ。
 それでもここに引っ越してきたという事は、予算の都合かここではないといけない理由。
 彼女達の服装に視線を通す。キチンと洗濯されていて小綺麗な服だが毛羽立ちやほつれが少し目立つ。
 まぁ、前者だろうな。夫が他界し生活のアテが亡くなった母子家庭は、お金を切り詰めようと思った結果、ここに行き着いたという事だ。

「あ」
 お互い言葉が詰まり、どうにもムズムズした空気を娘の一言が壊した。
 母親と揃って少女を見ると小さい鼻から一筋の赤い糸が垂れていた。
「大変、ティッシュティッシュ」
 母親は慌てて部屋に戻り拭くものを探すが、まだ一つも荷解きをしていない段ボールの山に悪戦苦闘している。
 そうこうしている間にも娘の鼻血は勢いを増し、ぽたぽたと床に落ち始めた。
 おいおい……このままじゃ玄関先が事件現場みたいになってしまう。
 俺は急いで室内に戻り、ティッシュを取ってくると少女に渡した。
「あ、ありがとうございまふ」
「いいよ、俺にも原因はあるし」
 鼻にティッシュを押し当てながらお礼をした少女はそのまま上を見て立ち尽くしている。
 しかし廊下で立ち尽くす彼女は作業員からしたらどうにも邪魔くさいようで、男達の視線が少し痛い。
 かといって部屋に戻っても荷物を置く妨げになるだろうし、何よりこの状態で扉を閉めようものなら間違いなく明日以降の人間関係に支障が出る。

 俺は観念して少女に話しかけた。
「……部屋に入って休みな、お母さんには俺から言っとくから」
「いいんでふか?」
 少女の問いに頷くと「じゃあ」と言って少女は俺の部屋に入ってきた。
 起きぬけたベットを軽く整えてから、寝室まで案内して少女を座らせた後。
 隣の部屋まで赴き、布を探して段ボールを開こうとしていた母親に話しかけた。
「あの、娘さんの鼻血は対処したので。今は自分の部屋で寝かせています」
 驚いて振り返った母親は、ホっとしたようにため息をついた。

「ありがとうございます、すいません何から何まで」
「いえ、俺とぶつかったのが原因ですし。奥さんが大丈夫なら落ち着くまで居てもらっても大丈夫なので」
「本当ですか、助かります」
 彼女は深く会釈をすると俺の部屋まで来て娘の様子を確認した。
 腰を下ろしリラックスしたお陰か既に出血は落ち着いていたが、大事を取ってもう少し休ませる事になった。
「じゃあお母さんまたお手伝いしてくるから」
 そう言って彼女は部屋を出て行った。
 扉がバタンと閉まる音が聞こえてふと我に返る。
 
 今俺は、年端もいかない少女と、自分の部屋で二人きりなのだ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました