1.14話

 彼女の手に触れると、まずはねとりとした感触がした。そして少女は俺が驚くよりも早く自身の手を引っ張る。
 掴んだ手は摩擦を感じさせず、潤滑油を塗っているかのように少女の手が逃げていった。
 あっというまの出来事。掴んだと思った手は、少女が隠すように胸元にしまっている。
 俺は手に付着していた粘着質の液体をまじまじと見つめた。

「これって……」

 絡みつく液体を手で遊ばせながら呟いた。あまり女性経験のない俺でも、その液体は何かと想像するのは容易だった。
 指を顔に近付けてみると、少し乾き始めているせいか、少しだけ性臭を醸し出している体液。
 俺は、思いついた言葉を声に出さずに、少女のスカート越しに隠された恥部に目をやった。
 視線に気づいた少女はスカートを握り込み、慌てて股間に押し当てるように手で隠している。
 その振る舞いがそのまま答えだと言っているようなものだろうに……。

「――ティッシュ、いる?」

 見るからに緊張状態の少女は不意に聞こえた俺の声にびくりと体を跳ねさせたが、少しすると紅潮した顔を隠しながら頷いた。
 俺は近くにあったティッシュ箱を取ってから、数枚引き抜いてその半分を少女に渡してあげると、濡れていない手を伸ばして受け取った彼女は、何か言うでもなく手を拭いている。

 その様子を確認してから俺も手を拭いた。
 本当はなんで少女の指に愛液が付いていたのか聞いてみたくてしょうがなかった。上手く聞き出せたらこの娘も手籠めに出来ると思ったからだ。
 だが、無理に質問して母親に泣きつかれても困る、そうなったら俺の人生は間違いなく終わりだ。だから聞かない事にした。

 顔を上げて少女を見ると、いつのまにか背中を向けており、手を拭く姿を隠すようにしている。
 証拠を隠滅するようにしている少女の様子から、イタズラされた事に関しては気付いてないようだった。
 もし気付かれていたとしたら、今みたいに羞恥心よりも不審や軽蔑の態度を取っているはずだ。
 どちらにしても。下手な話題を振り、色々露見してしまう可能性は避けるべきだ。
 と、そこまで考えてから俺は違和感に気付いた。

 羞恥の表情……なぜ?
 仮に――少女が何か違和感に気付いて恥部に触れてみたとする。
 そうしたらなぜか、ぬめり気のある蜜で湿っていた。だとしたら、羞恥よりも『これはなんだ?』と、不思議な表情をしているのが自然なのではないか?
 少女は自分の手についた液体の事すら、理解できていないようにみえた。性に関係するものだとわかっているのなら、よく知りもしない異性の部屋であんなにビッショリと手を濡らしたままにしないだろうし……。

「――結花?」

 疲れた頭で考えていると、背後から声が聞こえた。
 振り返ると母親が扉からこっちを覗いている。
 後ろから「お母さん」と少女の声が聞こえると、少女は小走りで母親の元に駆けていった。
 その様子は先程までの羞恥を感じさせず、表情は平静そのものであった。

「全然戻ってこないから、どうしたのかと思って」
「今起きたところだったの。ほら、血もちゃんと止まってるよ」
 少女は顔を突き出し、鼻を見せつけるように顎を上げると、母親は安心したように息を吐いていた。
「そう、大した事無さそうで良かったわ」
 そういって微笑む母親の表情は、文字通り母親であり、母性を感じさせるものだった。
 少女は母の笑顔に安堵して、他愛のない会話を少ししたあと、母親は俺の方を見た。

「それでは、私たちはこの辺りで」

 母親はそういうと軽めの会釈をする。
 俺は頷いてから玄関まで向かう二人を見送った。

「そういえば」
「え?」
 共用廊下に二人が出てから、俺は呟くように母親に言った。
「お名前、聞いていませんでしたよね。この先長い付き合い《・・・・・・》になりそうだし、自己紹介はしておかないと」
「…………そう……ですね」
 俺の言葉に、ばつの悪い表情をした彼女が相槌を打った。

「俺の名前は米田学《よねだまなぶ》です。そちらは?」
 先に自己紹介すると母親は少し躊躇《ためら》いながら、口を開いた。
「橘美穂《たちばなみほ》……です。この子は――娘の結花です」
「よろしくお願いします」

 結花ちゃんは綺麗なお辞儀をして挨拶をする。
 俺は「こちらこそ」と返事をしてから、自分の部屋に戻ろうとする親子に「また明日」と声を掛けた。
 美穂さんはビクリと肩を揺らしたが、振り向く事はなく部屋に帰っていった。

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