4.25話

 ダイニングに設置してあるテーブルに突っ伏したまま、俺は玄関扉をずっと見ていた。
 結構な時間こうしている気がするけど、結花ちゃんは一向にやって来ない。
 スマホを起動して時間を確認すると午後四時三十分になる所だった。ふと、職場に着いた美穂さんはちゃんと仕事をしているのだろうかと頭をよぎる。初日だから仕事内容を教えてもらってる最中だろうか――手持無沙汰だとどうでもいい事を考えてしまう。

 持っていたスマホを乱雑に置いて、突っ伏したままの腕に顔を埋める。
 すると、性を連想させる匂いが鼻孔に忍び込んできた。匂いの元は何処からだろうと鼻を鳴らすと、どうやら香りの元は指からのようだった……そういえばあれから手を洗ってなかったな。

 原因がわかるとついつい鼻先に指を持って行ってしまう。う――これはいかん。
 唾液なのか精液なのか。すっかり乾いた指先は中々の刺激臭を醸し出している。こんな些細な事で結花ちゃんに嫌われでもしたら、益々手を出しずらくなってしまう。
 急いでシンクに向かい、蛇口を捻って手を洗うと、外から小走りの足音が聞こえた後にチャイムが鳴った。

 手を振り水気を乱雑に払った後、玄関に向かって扉を開けると、そこには息を切らしている制服姿の結花ちゃんが立っていた。

「遅くなって、すいません」
「大丈夫だよ、何か用事でもあった?」
「いえ……友達が出来たので、話し込んでました」

 彼女がそう言うと、俺はハっとした。
 そうか、引っ越しで学校が変わったのか。美穂さんの話ばかり聞いていて、結花ちゃんの状態をすっかり失念していた。彼女も今日から新生活だったのだ。

「へぇ、良かったね」
 俺は素直にそう言うと、彼女は「ありがとうございます」と返事をした。

 彼女を家に上げてから、汗を光らせる彼女に冷蔵庫から出したてのスポーツドリンクを渡した。嬉しそうに受け取った結花ちゃんはペットボトルのキャップを回して、コクコクと美味しそうに飲んでいる。
 新しく出来た友達と別れた後、走って喉が渇いてたんだろう。彼女の汗ばんだ姿を見てそう思った。

 ペットボトルから口を放した結花ちゃんは深く息を吐いた後、こっちを見た。
「お母さんが帰ってくるまで、お世話になります」
 そういって彼女は丁寧にお辞儀をする。
「自分の部屋だと思ってゆっくりしてもらっていいからね」
 俺がそういうと、「ありがとうございます」と結花ちゃんは返事をした。
 相変わらず口調は硬いものだったが、この部屋に少しは慣れてくれたのか、表情は落ち着いたものだった。

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