彼女を部屋に案内してから、扉を閉めて振り返ると、彼女はどこに居たらいいのか、居心地の悪そうな感じで隅のほうに立っていた。
「好きな所座っていいよ」
テレビを点けながら、そう言ってあげると、結花ちゃんはベッドに腰を落ち着けた。
その位置が一番テレビ画面を見やすい場所であり、やる事のない彼女は流れる映像でも見て暇を潰そうと考えたのだと思った。
同じ様に、暇を持て余している俺は、液晶に目をやる彼女の横に座り、同じようにテレビを見る事にした。
液晶画面にはアナウンサーが映っており、今日発覚した殺人事件のあらましを説明している。他人の生き死になんかに全く興味が沸かない俺は、あくびが出そうになるのを堪えながら暫く見ていたが、淡々と流れてくるアナウンサーの声が眠気を誘ってくる。
うつらうつらと、気が付けば船を漕いでいた俺は画面から目を離し、スマホで暇を潰す事にした。
ポケットからスマホを取り出し、ボタンを押すとホーム画面が表示される。さて、何をしようか。
待ち受け画面に目をやりながら考えていると、何やら視線を感じる気がした。顔を上げて結花ちゃんの方を見ると、彼女は何も言わず、じっとこちらを見ていた。
否――正確には、持っていたスマホを見ていた。
俺の視線に気づく事なく、彼女は食い入るように端末を見ている。
一向に動かない俺の手に疑問を持ったのか、顔を上げて俺と目が合うと、見られている事に気付いた結花ちゃんは慌ててテレビ画面に目を反らした。
「スマホに興味あるの?」
そう質問してみると、彼女はTV画面を見たまま控えめに頷いた後、口を開いた。
「今日、友達と話してた時にライン交換しようって言われたんですけど……私、携帯って持った事無くて……」
「あぁ……」
相槌を打ちながら、俺は納得したように小さく頷いた。
美穂さんの話では父親が亡くなってから、今までマトモな収入も無かったはずだ、経済状況を考えたらスマホを持っていないのは当然の事だと思った。
話をする結花ちゃんの表情は暗いもので、連絡先を交換出来ない理由を、友達に伝える彼女の申し 訳なさが、そして自分だけ話題に入れない疎外感を感じていた事が、表情から読み取れるようだった。
「よかったら触ってみる?」
俺の言葉に結花ちゃんは「え?」と声を上げてから俺の方に振り向いた。
「スマホ。触るぐらいなら別に――アプリ……ゲームも遊べるよ」
人のスマホを触ったところで、何かが変わる訳でもないのだけれど、アプリで遊ぶぐらいでも気分は変わるはずだ。そう思った俺は、結花ちゃんにスマホを渡してあげた。
彼女にとっては未知の精密機械をおっかなびっくり受け取ってから、結花ちゃんはどうしたものかわからないまま、真っ暗な液晶に指で触れていた。
残念ながら俺のスマホは、まずホームボタンを押さないと反応しない。暗い表情の端末から指を離すと、指紋だけがくっきりと映り込んでいた。
それを見た結花ちゃんは申し訳なさそうな表情をして俺の方を見る。
仕様がない。そう思って俺は助け船を出すことにした。
「横にボタンあるでしょ? まずそこを押して――」
画面を覗きこむ為に近寄って、操作方法を教えてあげる。
肩が触れるぐらいに結花ちゃんに近寄ると、汗の香りに交じって、ほのかに石鹸のいい匂いがして鼻孔をくすぐる。
俺の指示する通り、言われるままに彼女がボタンを押すと、真っ暗だった液晶は点灯してデジタル時計が表示された。
それを見て興奮した彼女は開口したまま、感動の声が漏らしていた。その姿に思わずなごんでしまい、口角が上がってしまう。
共同作業をしているせいか、部屋にはアットホームな空気が流れ始め、お互い自然と肩の力が抜けるようだった。
しかし、ホーム画面をスワイプして出てきた画像が、暖まった空間を一瞬で氷点下以下まで凍り付かせた。
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