4.41話

「……お母さんに?」
「はい!」

 ど、どういう事だ……。
 結花ちゃんは相変わらずの笑顔で元気よく返事をする。

「え、なんで?」
「だって、付き合うのなら報告した方が良くないですか? その方がお母さんも安心するだろうし」
 
 いや、安心はしないだろ。

 彼女の至極真っ当な意見に、俺は喉元まで出かかった言葉をグッと堪えてから、すっかり舞い上がっている結花ちゃんを見ていた。

「でも、初恋は実らないってよく聞きますけど、そんな事ないんですね。初めて男の人が好きだと思えたけど、ちゃんと結ばれたし……」
「あの、結花ちゃん――」
「しかも大人のカレシさんかぁ……お母さんどころか、友達にも自慢出来ちゃうなぁ」
「いや、それはまずい――」
「あ、結婚とかってお金一杯かかるんですよね、貯金も始めないと」
「けっ――」
 
 テンションが上がりっぱなしの結花ちゃんは、思春期パワー大爆発といった感じだった。
 俺の事を忘れて、俺との将来を語る彼女は、この後も暫く一人で話し続けていた。
 口を挟もうとしても、まるで取り付くシマもない少女を尻目に、この状況をどうしようかと頭を悩ませる。
 
 正直な所、この展開は想定していなかった。
 このままだと遅かれ早かれ、彼女との行為は周りに気付かれてしまう。
 そうなれば、美穂さんから叱咤を受けるのは勿論の事、諸々の脅迫行為が白日の元に晒されてしまい、俺の人生は終焉を迎えるだろう。

 頭を捻り、何度目かのピンチを乗り切る為の策を考えていると、ズボンを引っ張る様にして、結花ちゃんの小さな手が見えた。
 彼女を見ると、その顔ははさっきと一転して曇っていて、青白い表情をしていた。
不安の表情を見せながら、その大きな瞳は潤んで光を反射している。

「あの、私……何か悪い事しました?」

 耳の折れた子犬のように、しゅんとしながら彼女は言った。

「いや……急にどうしたの?」
「だって、米田さんが難しそうな顔をしているから……私何かいけない事でも言ったのかなって」
「そんな事は……」

 結花ちゃんの変貌についていけず、つい生返事を返してしまった。
 学生っていうのはここまで気分が変わるものなのだろうか。そう思う俺の胸中にはどうしたものかと戸惑いが生まれていた。
 お互いが押し黙ったまま、部屋には沈黙の時が流れる。
 それを重い空気だと捉えている彼女の目は、今にも大粒の涙が流れ出しそうだった。
その姿を見て、俺も焦りが生まれてくる。

 困った。胸に息が詰まるようだ。
 ただでさえ結花ちゃんの、紙より軽そうな口を止める方法を探さないといけない状態なのに、泣きだされてしまったらそれどころではなくなってしまう。

「大丈夫、別に怒ってないよ」
 そういって結花ちゃんの頭を撫でると「本当ですか?」と、聞き返してきた。
俺が頷くと、彼女はとりあえず、安堵の息を吐いていた。

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