マンガ家とアシスタント(2/4)

「――しんちゃん。大丈夫?」

「えっ……」

 不意に聞こえたぽぷらの声に慎太郎は顔を上げると、目の前にはぽぷらが心配そうな目でこちらを見つめていた。

「先生、どうしたんですか? 原稿は……」

「いまは全然追われてないから大丈夫だよ。それよりしんちゃんが苦しそうにしてたから、具合でも悪いのかなって……」

 ぽぷらは本当に心配しているといった感じでこちらを伺う。その様子に感謝するのが普通なのだろうが、今の慎太郎にはその余裕がなかった。

 彼女のおずおずとした態度が自分を責めているように感じてしまって、どうにも虫唾が走ってしまう。

「別に何でもありませんよ。そんな暇があるなら仕事してください。俺は仕事をしに来てるんですから、本来自分の原稿をしていることはおかしいことなんですよ」

 いけないことだとわかっているのに、自身の感情を抑えきれなくてどうしても冷たく言い放ってしまう。しかし彼女はめげずにこちらを心配する。

「でも……体調が悪いのなら休んだほうがいいよ。そしたらのーりつ? も上がるからさ」

(どこまでも能天気な人だな……っ!)

 舌足らずな話し方が慎太郎の怒りの琴線に触れる。怒りに任せて思わず机を叩いてしまった。急に聞こえた衝撃音にぽぷらは驚き身体を揺らす。

「上手く描けないんですよ」

「……上手く?」

「ええ、あなたの作品と比べたら自分の作品の稚拙さに怒りを覚えるほどに」

 慎太郎がそう言うと、ぽぷらはかぶりを振った。

「稚拙なんて、わたしはしんちゃんの作品好きだよ。面白いと思ってるよっ」

「じゃあなんで連載が取れないんですかっ! 面白いならなんで使ってくれないんだよっ!」

 慰められていると感じて慎太郎は怒りを増長させる。気が付けばそのまま声を荒げて本心を吐露してしまっていた。

(あーあ、これはクビだな)

 心のどこか、冷めた部分でそう思った。しかし身体は止まってくれない。慎太郎は立ち上がりぽぷらに詰め寄る。

「特に女の子だ。俺にはどうしても魅力的な女の子が描けないんだ。今まではそんなこと思ったことがなかった。それなのにここに来てからというものの、自分の作る女の子がどうしても薄っぺらく、人形のように感じてしまう……でもどうしたら良くなるかわかんないんだっ!……わかりますか、俺のこの気持ち。わかんないですよね。だってあんたは天才だ。俺みたいな凡夫の葛藤なんて想像すらできないだろっ!」

 怒声を浴びせられながらぽぷらは徐々に後ずさる。とうとう壁際に設置してある椅子まで後退した彼女は脚に気躓いて「きゃっ」と声を出して椅子に倒れ込んだ。

「……ごめんね、しんちゃん」

 怯えた様子でぽぷらはそう言った。彼女の震えた、か細い声で慎太郎はやっと自分を止めることが出来た。

「いえ……こちらこそいきなりすいません……。気持ち悪いですよね、俺」

 上がった息を整えながら慎太郎はぽぷらから顔を伏せた。

 息が整うほどに気持ちが覚めていき、自分の行動に嫌悪感を抱く。

(なんなんだ俺は……心配で仕事を中断してまで声を掛けてくれたっていうのに、逆ギレして怒鳴り散らして……最低じゃないか)

 激昂は消えて、残ったのは後悔だけだった。ぽぷらに対する申し訳なさで顔を上げることはおろか、言葉を発することすらできない。

「……女の子が、描けないの?」

 暫しの沈黙の後、ぽぷらが言った。

「……はい。俺は今までまともに女性と接したことがないんです。だからリアリティを感じない。現実の女の子がどんなものなのかがわからないんです」

 慎太郎は素直に自分の悩みを打ち明けた。ここまで来たら隠しても仕方がなかったし、人様の職場で好き勝手に怒鳴り散らしたのだ。彼女の質問に素直に答えるのが正しいような気がした。

「つまり……現実の女の子を知れば、しんちゃんの悩みは解決するってことなのかな?」

「それはそうですけど、そんなこと簡単には――」

 言いながら振り返ると、ぽぷらが恥ずかしそうに顔を染めていた。それもそのはずだった。

 椅子に腰かけた彼女はやおら片足を広げ出し、人に見せられない恰好をしていたのだから。

「簡単だよ。だってここにいるじゃない。って、女の子と呼べる年齢かはわかんないけど」

 照れ笑いを浮かべながらもぽぷらは動きを止めない。伸ばしていたもう片方の足まで広げ、見事な開脚を慎太郎に見せつけた。

「せ、先生……」

「わたしね、本当にしんちゃんの漫画が好きだよ。だから、これで少しでも良くなるならわたしは喜んで付き合う。それともしんちゃんを怒らせちゃうような無神経なわたしじゃ嫌……かな?」

 慎太郎は生唾を飲み込んでぽぷらを見つめる。

 部屋着を兼ねているのだろうタンクトップとホットパンツ、そこから見える彼女の肌は白くてとても綺麗だった。長めの髪をシュシュでお団子にしているのは作業を楽にするだけでなく女性らしさも垣間見えた。だからだろうか、少しだけ脂の乗った彼女の生足が男と違う、女性らしい曲線を描いているのに気づき、途端にぽぷらが女であることを意識してしまった。

「……本当に、いいんですか」

 ドキドキと心臓が脈打つのを感じる。よくわからない緊張感を覚えながら、慎太郎はそう言うと、ぽぷらはコクリと頷いた。

「しんちゃんの為になるなら……ううん、しんちゃんになら、いいよ」

『自分になら』その言葉が慎太郎にとっての合図だった。ゆっくりとぽぷらに近づいた慎太郎は彼女と触れるぐらい近寄り、その場に座り込んだ。目の前にはズボン越しに女子の花園があり、顔を近付けると仄かに熱を感じた。

「ん……そんなにジッと見られると少し恥ずかしいね」

「あ、ごめんなさいっ」

 ぽぷらの声に慎太郎は顔を離す。自分でも驚くくらいに接近していて、失礼なことをしたと思わず謝ってしまった。だが、ぽぷらは笑顔を返す。

「全然大丈夫だよ。誘ったのはわたしなんだから、飽きるぐらいに見ていって」

 ぽぷらは一度立ち上がるとホットパンツのボタンを外し、ゆっくりとズボンをずり降ろしていった。そして中から部屋着とは少し場違いな感じがする淡いピンク色をしたショーツが姿を現した。

 初めて見る女性の下着姿に慎太郎の鼓動は早くなるばかりで、彼女の恥部に下腹部に視線は釘付けになっていた。

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