吸血鬼狩りと弟子(3/4)

「ん……くっ! 開け……開けったら……!」

 ヒューゲルの様子を見て慌てたアンリエッタは渾身の力で蓋を開けようとする。蓋に集中するあまり、彼女は足元に置いたお湯のことを失念していた。

「熱っ‼」

 踏ん張ろうと姿勢を変えようとしたお湯がいっぱいに入った小鍋に足をぶつけてしまったのだ。湯はさっきまで沸騰していた。当然相当の熱を持っていて、アンリエッタは不随意に身体を跳ねさせてしまって、壁に激突するように身をよろけさせてしまう。

 そして、壁とアンリエッタに挟まれる形になった小瓶は小さい破裂音と共に粉々に砕け散ってしまった。

「……うそ」

 床に染みた薬を見て、自身の無能さにどうしようもない憤りを覚えた。

(どうしてなんだ。どうしてわたしはこんなに詰めが甘いんだ。こんなだから大事な人に苦しい思いをさせてしまっているのではないか。それなのに今度は頼みの薬まで駄目にして、どうしてわたしは学ぶことが出来ないんだ)

 ありとあらゆる自信を責める言葉を連想して、自己嫌悪に狂う。しかしそんなことをしても決して時間は止まってくれない。

「ど……どうした……アン、リ」

 自身を呼ぶ声にアンリエッタは我に返る。ヒューゲルのほうを振り向くと。彼は中空に向かって手を伸ばしていた。

「師匠……まさか目が……」

「あぁ……そっちにいたのか。はは、なんだか視界がぼやけてな……血も流したし、流石に少し疲れたか」

 絶望――。

 今のアンリエッタの状態を例えるなら、その言葉だけで事足りる。

 ヒューゲルの弟子になって数年。アンリエッタはこんな状態の師匠を見たことが無かった。どんな仕事を受けたとしても、彼は顔色一つ変えずに強敵に打ち勝ってきた。それが、そんな彼がこんなに弱々しい姿を見せるだなんて。おまけにその原因は自分なのだ。絶望感以外の感情が浮かんでこなかった。

(なんとか……なんとかしないと……)

 床に広がる薬を呆然と眺めながら、アンリエッタは惚けた思考をフル回転させる。諦めてしまっては、想い人に自分の気持ちを伝える前にこの世を去ってしまうのだから。

 アンリエッタは十代後半(孤児なので正確な年齢は不明)の少女だ。吸血鬼と戦うため、死に物狂いで鍛え上げた身体は全身が筋肉で覆われている。しかし強固な身体に包まれた中身はまだまだ思春期真っただ中だった。

 それもあって、父親のように頼りになり、無二の親友のように親身になってくれるヒューゲルに初めての恋心を抱くのは至極当然の流れだった。

(まだ、まだわたしは彼に何もしていない、伝えてもいないそれなのに……終わりになってしまうの)

 薬の前にしゃがみ込んだアンリエッタは床に広がる液体を指ですくった。別に何か意識したわけではない。パニックになったまま起こした無意識の行動だった。

 指に薬を付着させたまま、ヒューゲルに近寄る。

「ねぇ師匠。これ、眷属化を止める薬。わたしまた失敗しちゃって瓶を割っちゃったの。だからこうするしかないけど……飲んで」

 アンリエッタは薬に濡れた白く、綺麗な指をヒューゲルの口元に寄せた。唇をなぞる様に指を動かすとヒューゲルの口がゆっくりと開き、アンリエッタは導かれるように彼の口内に指を挿し込んだ。

「ん……くっ……ん」

 怪我のせいか、発熱しているヒューゲルの口内はとても熱く。熱した物体に触れているようだった。

 彼の舌の上に指を乗せると、赤子のように反応して指に舌を絡めてくる。

(こんなにデカイ身体をして、赤ん坊みたいに指に吸い付いてくる……でもこれなら)

 指を引き抜いたアンリエッタは薬をぶちまけたところまで移動する。散らばった破片を丁寧に取り除くと、床に這いつくばり、薬を|啜《すす》った。

(師匠は無意識にわたしの指を舐めた。ならば口内に注ぎこんでしまえば飲み込んでくれるはずだ)

 アンリエッタは口いっぱいにくすりを啜る。彼女の考えている通りにヒューゲルの口に薬を流し込むのなら他にも方法はあるはずだ。だが、パニック状態の彼女にそんな方法を考えつく余裕はない。

 彼を助けたい一心と、女としての下心が彼女をこの結論を下させていた。

 口内に薬を溜め込んだアンリエッタはヒューゲルの頬を掴んで口を開けさせると、そのまま唇を合わせた。

「ん……」

 薬をヒューゲルの口内に流し込むと、彼は喉を鳴らして薬を飲み込んだ。

 ゴクリ、という喉音が聞こえてアンリエッタは心の底から安心して、やっと自分のしている行為に気が付き始めた。

(わ、わたし……師匠とキ、キスしてる……いくらパニックになったからってなんてことっ!)

 心の中で『キス』という単語を言えば、顔から火が出そうなほどに体温が急上昇したのを感じた。勿論アンリエッタにとって、これはファーストキスである。

 薬を全て流し込んだアンリエッタは恥ずかしさで慌てて口を離そうとするが、そのタイミングでヒューゲルが硬く、太い腕を腰に回してきてしまい、身動きを取ることができなくなった。

「!!!!????⁉⁉⁉⁉」

 まさかヒューゲルのほうから抱きしめられるなんて、空から槍が降り注ぐ以上に想像しなかった出来事にアンリエッタは再びパニックに陥りそうだった。そんな彼女をヨソに、ヒューゲルはうわ言のように呟く。

「アンリ……怪我がなくてよかった」

「……師匠」

 ヒューゲルはアンリエッタを弟子にとった際、彼女の身体に関する心配をしたことがあったが、あくまでそれは『狩人』としてのものだった。

 重症を負って使い物にならなくなったらこれまでの時間が無駄になってしまう。だからこその心配であり、こういう風に一人の人間として安堵されることなんて一度も無かったのだ。

 激痛で意識が混濁しているからこそ出た言葉なのかも知れない。それでもアンリエッタは感動を禁じえなかった。

 少なくとも、自身の想い人はこちらを一人の人間として見てくれているのだから。

「そんな風に言われたら……わたし、もう我慢が出来ない」

 アンリエッタは離そうとした身体を寄せて、再び唇を重ねた。今度は薬を飲ませるという口実ではなく、一人の女として。

「ちゅ……んちゅ……師匠……師匠ぉ……ちゅ、ちゅうう」

 タガが外れてしまったように、アンリエッタはヒューゲルの唇に貪りつく。彼の体格に似合わない瑞々しい唇に吸い付き、ぺろぺろと舐めて、|啄《ついば》むように唇を何度も合わせた。すると、下半身が硬い、鉄のようなものに押し上げられるのを感じた。

「あ……」

 自身の拳銃か、それとも彼の武器がぶつかっているのかと視線を向けると、それはそれはとんでもない武器がアンリエッタの下腹部に向いていた。

「師匠……もしかしてわたしの唇に反応して……?」

 意識が混濁しているヒューゲルからの反応はない。しかし、彼の下腹部はこれ以上ないくらいに張りつめて、ビクンビクンと脈動している。

「ん……あぅ……」

 ヒューゲルの逸物が膨張するたび、押し付けられている身体が突き上げられるような感覚に襲われる。それがとても卑猥なものに感じてアンリエッタは熱の籠った吐息を漏らしてしまう。

「んぐ……むぅ……」

「師匠……苦しそう……ここにもいっぱい、悪い毒が溜まってるんだね」

 うなされるヒューゲルを見てアンリエッタはそう言った。抱き絞められている腕の隙間からモゾモゾと身体をくねらせ、ヒューゲルの下腹部まで移動すると、怒張で張りつめたズボンのベルトを外す。

「大丈夫、こっちの毒もわたしが抜いてあげる」

 アンリエッタはズボンをずり降ろす。するとアンリエッタの顔を覆うくらい巨大な陰茎がブルンッ! と勢いよく跳ねあがった。

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