なかよし家族
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1,謎の奇病に掛かってしまった(2)

 亜花梨が母親を呼びに行ってから数分後。彼女は行きと変わらず慌てた様子で戻ってきた。

「ママ! ほらっ、タツの様子がおかしいんだ!」

 龍之助を指さしながら、亜花梨は傍らの人物に話しかける。
 彼女の後ろから遅れて現れたのは、母親である|藤宮優菜《ふじみやゆうな》だった。ニットのセーターにミモレ丈のフレアスカートを身に纏った彼女は、龍之助の様子を一目見た瞬間。慌てた様子を見せながら駆け寄ってくる。

「タツ君!? どうしたの? お腹痛くなっちゃったの?」
「う、ううん……そうじゃなくて」

 痛みに抗いながら、龍之助はどうやって説明しようか考えていた。
 睾丸の痛みは依然として感じていて、羞恥のせいか緊張のせいか、寧ろ増していく痛みに脂汗まで浮かんできているのを感じる。
 かなり限界に近い状態だったが、それでも成人した息子が実の母親に向かって「キンタマが痛い」と報告するのは、龍之助にとってかなり勇気がいる行為だった。
 オマケに彼女は身内から見ても相当な子煩悩だ。こんな所が痛いなんて報告したら、どんなに心配されるかわかったものではない。ただでさえ羞恥の極みにいる龍之助にとって、これ以上の醜態は晒したくなかった。

「お腹じゃないならどこが痛いの?」
「えっと……あの……」
「…………ママ、痛いのは多分……ぉ――だと、思う」

 言い淀んでいた龍之助をみかねたのか、亜花梨が口を開いた。しかし、流石に名称を言うのは抵抗があったようで、肝心の部分が小声になってしまって聞き取れない。

「え? 亜花梨ちゃん。今なんて言ったの?」

 案の定、聞こえていなかった様子で優菜は聞き返す。

「~~~~。お、お腹じゃなくて……もちょっと下の方……だと思う」

 茹で上がったように顔面を真っ赤にさせながら、亜花梨は龍之助の下腹部に指をさした。
 指の先を追いかけるように視線を動かした優菜は、ゆっくりと、龍之助の下腹部に目線を合わせる。

「タツ君……もしかして大事な所が痛いのかな?」

 柔らかい言い回しをする母親に、龍之助は何度も首を縦に振った。
 おおまかな状況を察した優菜は「大丈夫だからね、病院行こうね」と優しく声を掛けてから、立ち上がる。

「とりあえず、近くの泌尿器科にご相談してみるわ。亜花梨ちゃん、その間タツ君を見といてくれる?」
「あ、うん……わかった」

 亜花梨が頷くと、優菜の足音が遠ざかっていき、階段を降りる音が聞こえた。
 部屋には姉と二人残され、なんとも言えない空気が部屋に漂う。

「な、なんかごめんなさい……朝からバタバタしちゃって」

 重い空気にいたたまれなくなった龍之助は、亜花梨に対して謝った。心配させただけではなく、今の状態は結果的に彼女の時間を奪ってしまっている。だから龍之助は申し訳なく感じてしまって、謝りたくなったのだ。
 謝罪を聞いた亜花梨は、呆気にとられたような表情を見せながら、龍之助に近寄ってきた。

「何細かい事気にしてるんだよ。人の心配している状態じゃないだろ、お前は」
「で、でも……」
「でももヘチマもねぇよ。あ、あーしも男の……そういうのよくわかんないけどさ、辛いんなら気なんて遣わずに楽にしとけよ、な?」

 頭を優しく撫でながら、亜花梨は語気を和らげ優しく話しかけてきてくれた。
 痛みは相変わらず引く気配はないけれど、亜花梨の優しい言葉のお陰で、緊張の方はなんだか落ち着いて気がした。

 少しの間、頭を撫でて貰っていると、階段を上ってくる足音が聞こえた。
 それから程なくして優菜の声が聞こえる。

「お医者さんのご予約取ったわよ。今空いてるからすぐに来ていいって。タツ君大丈夫? いけそう?」
「う、うん……いけるよ」

 痛みは増していくばかりだが、なんとか立ち上がった龍之助は、優菜と亜花梨に肩を借りながら、車に乗り込んで病院に向かった。

 最寄りの総合病院までやってきた藤宮家。受付で優菜が症状を説明すると泌尿器科の待合室に案内された。
 移動中。未だ収まらない下腹部の膨張を隠しながら歩いていると、周りの視線が気になって仕方がなかった、心なしかジロジロ覗かれている気がするし……。
 龍之助は恥ずかしさの余りに俯いていると、人の視線を遮るように亜花梨が横にやってきてくれた。

「周りの目なんか気にすんな」
「う、うん……ありがとう」

 見た目に反して女だてらに龍之助を守る姉に、男としての劣等感を感じると同時に『格好いい』と尊敬に近いものを感じる。
 安心してきた龍之助は、亜花梨の手を握ると、亜花梨もギュッと握り返してくれる。そのまま二人で手を繋ぎながら、待合室まで歩いて行った。

 時間が早く、平日と言う事もあってか待合室には殆ど人がおらず、椅子に座って少し待っていたら直ぐに龍之助の名前が呼ばれた。既に痛みで満足に動く事が出来ない龍之助は、母と姉に担がれるように診察室に入る。

「――――うん、性機能障害ですね」

 龍之助の状態を診察した老齢の医者は、問診や心音の確認、そして患部の状態を触診してからそう言った。
 しかし……性機能障害って確か……。

「俗にいうED……というものですよね?」

 遠慮がちに、優菜は質問する。

「そういう言い方もありましたね。一般的には勃起不全とされている症状ですね」
「そうですよね……で、でも――」

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