「一体何がどうなってるの……」
脱衣所で衣服を脱ぎながら、龍之助は独り言のように呟いた。
浴室の方では亜花梨が先に入っており、シャワーの水音が雨音のように鳴り響く音を聴きながら、洗濯カゴに脱いだ服を放り込もうとすると、亜花梨の濡れた服と――スパッツに隠れて見ることがなかった下着が放り込まれているのが見えた。
そう、どういう心変わりなのかはわからないが、亜花梨は水着を着用せずに、生まれたままの姿で入浴をしている。龍之助はドギマギしながら、乱雑に脱ぎ捨てられた下着たちを見て、ふと昔の記憶が蘇ってきた。
(そういえば、昔は亜花梨姉ちゃんとよくお風呂に入ってたなぁ)
龍之助が小学校のころ――亜花梨と長女の静江とは、いつも一緒に登下校をしていた。と、いっても静江は歳の差もあり、数年間しか一緒に通学できなかったのだが。亜花梨とは二年しか年齢の差がなかったこともあり、かなり長い時間を一緒に過ごした。
そして登下校。つまり行きも帰りも同じだと自然と交友関係も似てくるもので……龍之助と亜花梨は共通の友達が多くなり、どちらかが誘われればもう片方も一緒に遊び場に向かっては泥だらけになって帰ったものだ。
公園で走り回り、地面を転げまわっていた自分を思い出して龍之助は薄く笑みを作る。
(そのたびに、汚れた服のことを母さんに怒られて、一緒にお風呂に入らされてたんだよな)
二人並んで叱られる光景を思い出しながら、龍之助は小さく声を出して笑った。
脱いだ服を洗濯カゴに放り込むと、服に隠れた下着に、自然と視線が向かってしまう。
一部だけ見える布地を見ていると、なんだかドキドキと、胸の鼓動が強くなっていく。その好奇心に抗えず、龍之助は下着を手に取ってしまった。
広げて見てみれば、手に掴まれている下着は活動的な服装だった亜花梨のファッションとは正反対の、刺繍の飾りが施された水色のパンティだった。
小学生の時、ここに同じ様に放り込まれていた下着は、俗にいう『グンパン』が放り込まれてあった。下着というよりも、ホットパンツを思わせる布面積のデカイ下着だ。だが今まさに龍之助が持っているのは如何にも女性が身に着ける、エロさを感じさせる下着だ。
龍之助は記憶にある下着との落差を垣間見て、これから自分は小学生のころの男子とも取れる姉ではなく、成熟した大学生の女性となった姉と一緒にお風呂に入るんだと認識させられてしまった。龍之助の動悸が高鳴る、すぐ横の浴室にいるのは……たった今ダイニングで会話をしていた、成熟した身体を持った亜花梨なのだ。
(だ、駄目だ。想像するだけで股間がもう……)
濡れたシャツ越しに見えた、彼女の身体が頭をよぎる。
今から龍之助は邪魔な衣服を脱ぎ捨てた、亜花梨の全裸姿を拝むことが出来るのだ。しかも狭い浴室、必然肌が触れ合う程の至近距離で。龍之助は押し寄せる期待を股間で大きく膨らませてしまっていた。
『おーい、タツ。何してんだー?』
突然声が聞こえて、龍之助は驚いた。浴室から亜花梨がこちらに向かって声を掛けてきたのだ。
結構長いあいだ待たせてしまっていたのだろうか、浴室から再度『まだかー』と、亜花梨の催促の声が聞こえる。
「あ……何でもないよ。すぐにいくよ!」
龍之助は膨らみっぱなしの股間をなんとか手で隠しながら、ワクワクとした気持ちで浴室のドアを開けた。
「…………」
「何してんだタツ? 寒いから速く閉めろって」
椅子に座り、シャワーで体を流したまま、亜花梨が言った。
龍之助の予想に反して、亜花梨は裸体ではなく、バスタオルを身体に器用に巻き付けていた。
てっきりほどよく陽に焼けた、陶器のような艶肌を眺められるものだと思っていた龍之助は、目に見えて落胆の表情を見せていた。しかし、そんな事など気にも留めない様子で亜花梨は鼻歌交じりにシャワーで身体を流し続ける。
「はーやーくー。折角暖まってきたのに身体が冷えちゃうだろう」
「わ、わかったよ……はぁ」
亜花梨に急かされるまま、龍之助は浴室のドアを閉めた。
力なく閉まるドアの音は、まるで龍之助の失意の念を表すようで、キイィィ……となんとも哀愁漂う音色を奏でる。
「ほらタツ、こっちこい」
「え……?」
「ずっと脱衣所にいて身体が冷えただろ? 洗ってやるからこっちこいって」
「あ、うん。ありがとう……亜花梨姉ちゃん」
龍之助は促されるまま、亜花梨が座っていた椅子に腰かけた。
「よっしゃ、んじゃ背中流しますねー」
亜花梨はまるでサービス業の店員にでもなったような口調で言った。
「ふふ、はい、お願いします」
それが面白かった龍之助は、微笑みながら亜花梨に付き合う。
シャワーの水温が身体に熱を運んできて、龍之助は気持ち良さに目を閉じた。
亜花梨の言う通り、外の温度で少し体が冷えていたようだ。
「熱くないか? タツ」
「うん、丁度いいよ」
本当に気持ちのいい水温で、冷えた身体が解れていくのを感じながら、龍之助はリラックスしていた。
「しかし、タツの身体は相変わらず小っちゃいなー」
背中を流しながら、亜花梨が言う。
「……割と気にしてるんだから、あんまり言わないで欲しいんだけど」
「は~? 細かいこと気にする奴だな、そうやってネチネチ気にしてるから身長も伸びないんだぞ」
「……それとこれとは関係ないでしょ」
じゃないと気の弱い大男もいれば、気の強い小男もいる説明がつかない。だから精神の太さと身長は因果関係がないはずだ。多分、きっと、そうであって欲しい。
「まぁ、ちっちゃいタツは可愛いから、あーしは今のままでもいいと思うけどな~」
「可愛いって……色んな人から何回も言われるけど、僕としては全然嬉しくないんだけど」
「何でだよ? 男子で可愛いって貴重だろ。女子からもモテモテなんじゃないの?」
「そんなことない、からかわれるだけだよ」
亜花梨の言う通り、龍之助の周りには何かと女子が寄ってくる。
そしてそういう手合いは必ずと言っていいほど、みな口を揃えて「可愛い」「弟みたい」「持って帰りたい」などのことを言ってくる。
確かに最初の方は悪い気はしなかった。むしろ褒められてると感じていたから多少なりとも嬉しさがあったぐらいだ。しかし、その女性達がいう『可愛い』という言葉は、異性に向けた言葉ではなく小動物などの自分に害を与えないもの、無害で矮小なものに対して発する言葉だったのだ。
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