5,みんなと楽しんでしまった。(7)

 ――暫くそのままで繋がっていると、思い出したかのように腹の虫が鳴り出した。
 唸るように響く音に、現実に戻された二人は顔を見合わせ、噴き出すように笑顔を作る。

「今度こそ、飯食うか」

 笑いで滲んだ涙を拭いながら、亜花梨が言った。
 龍之助は逸物を引き抜くと、「うんっ」と元気よく頷いた。亜花梨はぐしゃぐしゃと龍之助の頭を撫でる。

 その後二人は冷蔵庫から食材を取り出し、手分けして料理を作った。料理、といっても切って炒めただけのものだが。
 不格好な炒め物を皿に盛り、向かい合わせでテーブルに座って料理を食べると、存外上手く出来ていて、美味しさのあまりに夢中になって皿を綺麗にしていく。
 ふと亜花梨と目が合うと、彼女は微笑ましそうにこちらを見つめていた。

「なんだよ、タツ」

 いつも通りの口調で亜花梨は尋ねる。ただその様相には男勝りな雰囲気は無く、母性に近い、女性特有の安心感を感じた。

「別に、ただ見てただけだよ」
「なんだそれ、変な奴だな」

 そう言って白い歯を見せて笑う亜花梨は、とても幸せそうに見えた。

 亜花梨と食事を済ませてから、結構な時間を雑談で過ごした後、自室に戻ると静江は部屋にいなかった。
 忽然と姿を消した彼女に少し慌てたが、机の上に書置きが置いてあるのを見つけた。龍之助は書置きに目を通すと、活字のように綺麗な文字が規則正しく並んでいた。

『ベッド貸してくれてありがとう。たっ君の匂いに包まれてとても気持ち良く眠れたよ! 部屋に戻るから、またシたくなったら声掛けてね。 静江』

 書置きの内容的に、どうやら静江は部屋に戻ったようだった。何事もなさそうで龍之助はホッと一息を吐く。物音ひとつしない所を見ると、部屋に戻ってから寝直したのだろう。
 龍之助は椅子に腰かけ、机に向かう。最近は睾丸の痛みに怯えてばかりでまともに勉強も出来てなかった。だけど今は痛みを感じなくなって久しい。これもきっと、家族達が助けてくれているからだ。

 それに、個人的にだけど……この病気を経て、家族間との距離感が大分近くなった。元々大事な家族だった訳だが、最近は特に、離れることが出来ないくらいみんなと仲良くなっている。それもこれも、病気が原因なのだ。初めは激痛と性への知識不足も合わさって不安しかなかったが、今ではその心配すらも薄れてきている。これだって|偏《ひとえ》に家族が優しく接してくれたからだ。
 龍之助は奇妙な闘病経験に、感謝の念すら抱こうとしていた。だからこそ、病気のせいにしないよう、勉学を疎かにしないようにしなくては。

「――よし、勉強頑張るか」

 机に向き直って、龍之助は教材を広げ、勉強を開始した。

「ふう……とりあえずこんなものかな」

 大きく伸びをしながら壁に掛かった時計に目を通す。時間は20時ほぼ丁度。勉強を始めてから二時間近くが経過していた。
 二時間といえば、人間の集中力が切れる頃合いだと言われている。休憩をするにはいい塩梅ということだ。

「何か飲み物でも淹れるか」

 龍之助は部屋から立ち上がると部屋を出てキッチンに向かった。電気ケトルのスイッチを入れてインスタントコーヒーの準備を始める。

「ん……」

 グラスの準備をしたところで、身震いを覚える……なんだか唐突にオシッコ、オシッコがしたい。
 そういえば今日は姉達と付きっきりで全然トイレに行けてなかった。一度考えてしまうと、排尿感がついてまわり、放っておくとすぐにでも漏れてしまいそうだった。

 幸いここはキッチンからトイレはすぐ傍にある。龍之助は足早にトイレに向かって歩を進める。
 そしてトイレの扉を開けてみれば、

「あらあら」
「へ……」

 そこには既に先客がいた。いつの間にか帰って来ていた母親――優菜が、まさしくトイレを使用中のご様子だった。

「あらあらあら、タツ君ったら、大胆なことしちゃって」
「え、あ! いや、違うんだよ。鍵も開いてたし、誰か入ってるなんて思わなくて……」
「まぁまぁ。タツ君一度落ち着いて……はい、深呼吸~~」

 排尿中の来客に、優菜は身じろぎするどころか、逆に溌剌とした様子で龍之助を落ち着かせようと深呼吸をしてみせた。
 狼狽していた龍之助は、優菜の言われるまま後に続く。酸素を吸い込み、吐き出せば……少しだけ落ち着いてきた。

「ふう……ごめんね母さん」
「いえいえ、どういたしまして」

 冷静になった頭で丁寧に謝罪をして、トイレから出ていこうとする。すると、優菜は龍之助の服を掴み、逃がさないようにがっちりとキープしている。

「ちょ、ちょっと母さん!?」
「そんなにすぐに出ていくこともないじゃない。すぐに済むから少し待っててくれたらいいわ」
「だからって、ここで待たなくてもいいでしょ!?」

 冷静に反論してみせるが、服を掴む優菜の力は抜けることはない。というか力強い、解けない。

「ん……」

 チョロ――チョボボボボボボボ……水音がトイレに響く。
 龍之助の服を掴んだまま、優菜は恥じらいもなく放尿を開始してしまった。
 出ていくことも出来ず、止めることも出来ない。仕方なく龍之助は顔を背けて目を閉じる。真っ暗な状態で響く水音が却って生々しく聞こえ、なんだか卑猥な気分になる。

「母さん。ま、まだ……?」
「ん……もう少し……」

 水音は徐々に小さくなっていき、ピチャピチャと、水滴の音を交えてから止まる。
小さく息を漏らした優菜は「終わったわよ」と、龍之助に声をかける。
 その言葉に目を開けてみれば、優菜は空いた手を使ってトイレットペーパーを手繰り寄せていた。
 秘所を綺麗に拭き取ってから、笑みを崩さないままこちらに目を通す。

「はい、お終い。じゃあ次はタツ君の番ね」
「僕の番、って……うええ!?」
「……? トイレ、したくないの?」

 そりゃしたいに決まっている。だからトイレに来たのだから。しかし、優菜のが言う『トイレ』は絶対ニュアンスが違うものだと思った。
 龍之助の予想通り、優菜は大きく脚を開いて、秘所を見せびらかす。

「はい……どうぞ」

 ニコリと笑いながら、龍之助を迎え入れる準備をする。違う、そうじゃない。
 目のやり場に困りながら、龍之助は優菜に言う。

「ち、違うんだよ。そういう意味のトイレじゃなくて……普通にトイレがしたいだけなんだ」
「あらあら……そうだったのね。使用中に入ってきたから、私てっきりそういうことなのかと……」
「だから……! それはわざとじゃないんだって!」

 少しだけ残念そうに、優菜は「そう……」と相槌を返す。しかし、優菜は脚を広げたままで、こちらに向き直った。

「じゃあ……おトイレどうぞ」
「僕の話ちゃんと聞こえてる?」

 納得してもらえたと思っていたが、さっきと何一つ状況が変わっていない。
 龍之助の困惑している様子に、優菜は首を傾げる。

「タツ君、私でおトイレしたいんでしょ?……大丈夫よ、私はタツ君のすべてを受け入れるわ」

 母性溢れる表情で、彼女は優しく微笑みかける。聖女のようなその様相に――龍之助は目を奪われるようだった。

(脚を開いてオマンコ見せつけてなければねっ!)

 上下のギャップがあまりに酷く、龍之助は混乱を覚え始めていた。もうなんなんだコレ。

「……タツ君はしたくないの?」
「え……?」

 少しだけ、不安気な様子で、優菜は問い掛けてくる。

「タツ君は私の感情を、真摯に受け止めてくれたわよね……だから私、こんなことだって平気で出来るの。でもやっぱりこんな女、引いちゃうのかな……?」
「母さん……」

 さっきの笑顔はどこへやら、彼女の表情は山の天気のような速さで表情を変え、落ち込み、項垂れていた。
 確かに、龍之助は母親の行き過ぎた愛情を一身に受け止めた、その上で介護として、性欲処理を頼んでいるのだ。
 つまり、母親の奇行とも取れるこの行動は、龍之助を信用しているからこそのものなのだ。
 それなのに、肝心の当事者である僕が遠慮してしまったら、優菜は一人孤立する。龍之助に裏切られたことになってしまう。それは自分とっては、絶対に許せない行為の一つだった。

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