「たっ君」
「静江姉ちゃん……」
「私はこれからもたっくんと仲良くしたい。姉弟としても、女としても。だから、たっ君はどうしたいか、はっきり教えて」
正面までやって来て、静江はこちらに目を合わせる。
おどおどとしながらも、髪の隙間から覗く瞳にはすべてを受け止める意思を宿していた。射抜くようにこちらを見つめる彼女を見て、龍之助はこれほどまでに愛されているのだと自覚する。
顔を横に向けて、亜花梨の方へ振り返る。
視線を向けられた亜花梨は、照れ臭そうに頬を掻きながら、視線を逸らしてはこちらに向き直る。肯定も否定もない……しかしその雰囲気が、自身に向ける好意を示していた。
「ほら、み~んなタツ君のことが大好きなの。私達からしたら病気はただのきっかけ……タツ君には悪いけど、私達は内心、苦しんでるタツ君を理由に上手く利用させてもらったわ。だから本来怒られるべきは私達なのよ」
少しだけ自傷気味に言いながら、優菜は龍之助を抱きしめる力を強くした。
つまるところ龍之助がそうだったように、彼女達もまた、理由である病気が治ったことで不安になっているのだ。この状態を放置したまま、また元の家族に戻るなんて不可能だ。
だからこそ、皆は強硬手段に出た。
この曖昧な状態を起点に、これから先もこの背徳的な甘美に溺れるのか、それとも現実に戻って普通の家族関係を演じ続けるのか……。
そしてこの様子だと、龍之助以外の選択は既に終わっている。答えは全員一致だろう。残すところは自分一人だけと言うことだ。
「……」
不安そうに、黙して龍之助の返事を待つ家族達。
龍之助は周りを見渡してから、覚悟を決めて、口を開いた。
「怒る訳ないよ、だって僕……これからも皆と仲良くしたいから……!」
「……タツ君!」
優菜がこれ以上ないぐらいに、きつく龍之助を抱きしめる。よっぽど不安だったようで、顔を寄せる彼女の頬を伝って暖かいものが頬を伝って流れてきた。
心まで温めるような……優菜の瞳から溢れる液体に触れて、龍之助は気付いた。
今まで龍之助は性に対して頓着が無かった、それは異性に子供に見られるからだ。そういう扱いを良しとする人もいるんだろうけど、少なくとも父の影響で男らしさに固執している龍之助には、容認できることではない。だから、龍之助の側から見ても知人友人達、近しい異性達は恋愛対象になり得なかった――そう思っていた。
(でも、そうではなかった……僕はもう、心に想う人がいただけだったんだ)
家族が大事だ。この人達が大事だ。彼女達の悲しむ顔を見たくはないし、そんな顔にさせたくない。
――――共に笑っていたい、馬鹿な事を言って痛いぐらいのツッコミを受けて、一緒に笑い合いたい。
――――好きだという気持ちに応えたい、自分の特殊な性癖に悩む姿に寄り添ってあげたい、そしてそれに応えてあげたい。
――――寂しくて怯えているのを褒めてあげたい、いっぱい頑張ったんだねって、一つ一つに感謝の気持ちを述べてあげたい。
(僕は……家族が好きだ。この気持ちが倫理的に破綻したものだとしても、それでも胸に秘めた感情に気付いた今、誤魔化すことはできない)
これもまた、家族を大事にする。そういうことにつながるはずだ。
「僕はみんなのことが、大好きだ。ずっと一緒にいたいと思っている……僕みたいなのがこんな素敵な人達を独占するなんて、おこがましいけどかも知れないけど……」
「そんなこと……ねえよ」
「亜花梨姉ちゃん?」
「あんまり自分を卑下すんな。お前はあーしに女としての自信を与えてくれた。誰にも、自分自身にも出来なかったことを簡単にやってのけてくれたんだ。もっと自信持てよ」
亜花梨はズカズカと大股で足を広げて近寄ってきた。
「そして……あーしの知らないあーしを教えてくれた……ご主人様」
「んむっ!?」
亜花梨の唇が龍之助に触れる。唇をこじ開けるように舌を伸ばしてきた亜花梨に、龍之助は口を少し開くと、僅かな隙間からねじ込むように亜花梨の舌が入り込んできた。
「んちゅ……ちゅるる……んあぁ……はあぁ……んじゅ……ちゅぱぁ……」
「あらあらあら」
「……卑怯」
「ん……はぁ……。あ、亜花梨姉ちゃん……」
口内を堪能してから亜花梨は舌を離す。一縷の繋がった舌先を閉じてから、彼女は上目遣いでこちらを覗く。
「だから……これからも命令してくれよ、飽きずにずっと、あーしを使ってくれ……」
主従関係を懇願してくる亜花梨は、声が震えていた。覚悟を決めたばかりなのに、早速不安にさせてしまうだなんて……なんて駄目な主人なんだ。
龍之助は亜花梨の頭に手を伸ばすと、優しく髪の毛を撫でるように触れた。
「勿論、これからも亜花梨姉ちゃんにはお世話になるよ。こちらこそ、これからお願いします」
「……敬語使ってんじゃねぇよ。我に返っちゃうだろ……」
「あー……よろしく頼むよ、きみぃ」
「なんかイライラしてきたから殴っていいか?」
「ひぇっ……! そっちが言ったのに!」
戯れるように亜花梨と問答をした。軽口を叩いてみれば、すっかり肩の力が抜けた亜花梨は陰りのない、素直な笑顔でこちらを見ていた。
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