「ん……」
「あ、気が付きましたか」
美穂さんの乱れた衣服を直していると彼女が目を覚ました。
朦朧とした意識のなか、身体を持ち上げ辺りを見回した美穂さんは唐突に目を白黒させる。
「私……あれから?」
「失神しちゃったみたいですね。といっても五分くらいですけど」
スマホで時間を確認しながら美穂さんに伝えると、彼女は「そうですか……」と気だるげに返事をした。
「もう少し落ち着いたら出ましょうか。そんなに時間は経ってないみたいですけど、あんまり長居すると誰か入って来るかも」
美穂さんは便座に腰かけながら頷く。
すると、呼吸を落ち着けてから俺が穿かせた下着を降ろし、カラカラと音を鳴らしてトイレットペーパーを手に取った。
「――どうして急にしたくなったんですか?」
「え……」
秘所を拭き取りながら美穂さんが言う。
彼女の質問に戸惑ってしまい、返事をする事が出来なかった。
なぜなら、俺にも明確な答えがわからないから。彼女の職場での話を聞いていたら、なんだか無性に犯してやりたくなったのだ。
どう答えたものか、押し黙ったままの俺をずっと待っている美穂さん。
個室の中では紙の擦れる音だけが響いていた。
「とりあえず、一度出ましょうか」
結局、返事が思いつかない俺は保留する事にした。
荷物を持ち上げながらそう言うと、美穂さんは「はい」と相槌を打ってから下着を履きなおす。
そして紙を便器に捨てて、重苦しい沈黙と一緒に水に流した。
「お待たせしました」
買い物袋を持ち上げた美穂さんを確認してから、施錠を外して扉を開けると陽が傾いて夕方に向かおうとしている所だった。
周囲を警戒しながらゆっくりと外に出ると美穂さんが後に続く。
よし、これで一安心だ。そう思って後ろを振り向くと、最寄りのベンチに先程見かけた犬を散歩している老人が座っていた。
老人はこっちの様子をジッッと見つめていた。
俺と美穂さんは顔を合わせてから、小走りで老人を通り抜ける。少し歩いた後老人の方を振り返ると、犬と一緒にこちらを見つめ、意味深な笑みを浮かべていた。
公園を速足で抜け出てから美穂さんの方を振り向くと、彼女もこっちを見つめていた。
「さっきのおじいさん、気付いてましたかね?」
「んもう……絶対気付いてましたよ、あの反応」
「やっぱりそうですよねぇ……ぷっ」
「ふふ……」
話していると、自然と笑いがこみ上げて来た。
つられたように美穂さんも笑い出し、少しの間二人で笑い声を上げていた。
「なんだか、若くなったみたいだわ」
――あぁ。
目尻に涙を貯めながら笑う美穂さんを見て、さっきの質問の答えを唐突に理解した。
俺は嫉妬していたのだ。
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