ピーン、ポーン
もう一度、同じテンポでチャイム音が鳴る。
頷く少女を見届けてから玄関まで向かい、扉を開けると案の定、少女の母親が立っていた。
「あ、先程はすいません。荷物を運び終わったので結花を迎えに来ました」
「そうですか、お疲れ様です」
周りを見渡すとさっきまでいた男達とトラックがいない、どうやら既に引き上げたようだった。
彼女を見ると健康的な汗を流し、一仕事終えた気持ちのいい笑顔をしていた。
彼女が荷物を運んでいる間、信用して預けた俺に娘が悪戯されていた等、露程も思ってないのだろう。そう思うと少し心が痛んだ。
「結花ー! 荷物運び終わったから帰るわよー」
『ちょっと待ってー』
寝室から少女の声が聞こえる、まだ寝ぼけているのだろうか。
彼女をこのまま玄関に立たせているのも気が引けるので、中に迎えて椅子に座らせた。
冷蔵庫から冷たいお茶を出し、グラスに注いで彼女に渡すとやはり喉が渇いていたのだろう。軽く会釈をした後、一気に半分程飲み干した。
「っはぁ……ありがとうございます。」
「いえいえ、お気になさらず」
相槌を打ちながら母親の向かい側に座る、すぐに来るものだと思っていた少女は中々寝室から出てこない。
(まさか、触ってたのバレたのかな……)
後ろめたさがある分、何てことのない時間がとてつもなく重い。
平静な顔を保ちながら、内心焦っていると母親が口を開いた。
「今日は本当ありがとうございました。何から何まで」
「あぁ、いえ。特に予定もなかったので大丈夫ですよ、仕事も空いていましたし」
「土曜日なのにお仕事があるんですか?」
「はぁ、まぁ。在宅の自営業なんで、休日っていう休日はありませんね」
「成る程、そういうお仕事もあるんですね」
彼女はわかっているのかよくわからない表情で俺の話に関心を示している。
今のご時世、在宅作業はそう珍しいものでもないと思うが……。
俺は興味本位に彼女の職業を聞いてみた。
「そちらは何のお仕事をしてらっしゃるのですか?」
「パートです、化粧品の工場での軽作業らしくて。あ、実際働くのは明日からなんですけど」
「あぁ、そうなんですか」
「はい……」
彼女は娘に聞かれたくなかったのか、少し声量を下げて話し始めた。
彼女に合わせて俺も耳を傾ける。
話を聞くと、専業主婦だった彼女は夫を亡くしてから収入を得る為、ツテを辿り仕事を探したそうだがあまりいい返事をもらえなかったようだ。
中には彼女の容姿に惹かれ、自分が養うと声を掛けた人もいるようだが、いざ少女の存在を知ると相手は逃げる様にいなくなり、以降連絡が取れなくなったらしい。
それでも何とかパートの仕事を見つけた彼女は家を引き払い、今の給金でやっていけそうなここに引っ越してきたという事だ。
前向きに努めながらも精神的には疲れていたのだろう、引っ越しの忙しいタイミングで娘を預かってもらえたのが余程嬉しかったようだ。
自身の苦労話をつらつらと話した彼女はグラスに残ったお茶を飲み干し、一息ついて俺の顔を見た。
「それで……良ければなんですが、お願いがあるんです」
俺は彼女への返事に沈黙で答えた。
苦労話からの流れで何となくこうなるのは理解していた。
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