母親と二人で寝室の扉を見つめてから少しの時間が経過した。
しかし寝室からは何の物音も起きずに、部屋はしんと静まり返る。
少女はやはり寝直したのかも知れない。俺は寝室に向かって扉を開けた。
静まり返った部屋の中を覗き込むと、
「うえ~~」
少女はベッドの上で体を畳むように座り込み、何かを吐き出すような顔をしていた。
「な、何してるの……?」
突然の問い掛けに驚いた彼女は、そのままの格好で顔だけこちらに振り向けた。
まずい物を見られたような態度を取った彼女は時が止まったかのように硬くなり、彼女の返事を待つ俺も、制止している。
訪れる一時の静寂――吐き出したままの舌をゆっくりと収めて、姿勢を正した彼女は、
「おはようございます」
何事もなかったかのように、起床の挨拶をした。
背筋を伸ばし、凛とした彼女の振る舞いは少しも悪びれる様子もなく、さっきの動きは何だったのかと質問したいのは山々だったが、そんな姿を見せられてしまえば、問い詰めるこっちの方が悪い事をしている気分になってしまう。
「お……おはよう」
まぁ、いいや。
少女の佇まいに、俺はすっかり気圧されて、胸にひっかかったままの疑問を飲み込んで、少女に言った。
「お母さんが待ってるよ」
「わかりました、お待たせしてすいません」
「大丈夫、こっちも楽しくお話して過ごしてたからさ」
「そうですか」
「……? どうかした?」
俺の質問に対して少女は「どうもしないです」と答える。
そう答える人間は大体はどうかしているのだ。
モジモジとしてその場から動こうとしない少女を見て俺は怪訝な表情をする。
平静を装ってはいるが、少しずつ体温が上がってきて背中に汗が浮いてきたのを感じていた。
(やっぱり……さっきいたずらしたのバレてる、か?)
自身に負い目があるからだろうか。
少女の態度が自白を促しているように見えてしまう俺は、本当にバレてしまっているのか、些細な動きに気を配り、胸中にある心意を観察する。
すると、彼女が重く閉ざされた口を開いた。
「……布団を――」
「えっ?」
「あの、布団を……汚してしまって……」
彼女はおずおずと折り重なった掛け布団を引っ張ってから、布団から出てきたシーツを指さした。
近づいて覗き込んでみると……成る程確かに、小さなシミがついていた。
「ごめんなさい、いっぱい汗かいちゃったみたいで」
「大丈夫。これぐらいなら気にならないし。あ、でも洗わないと結花ちゃんが気になるかな?」
「え――あ、いえ。私は別に大丈夫です」
「うん、それなら二人とも大丈夫だから問題ないね」
「はい……ありがとうございます」
なんだ……シミの事で怒られると思っていただけか。
ベッドに薄く広がる模様から目を離し、俺は心の中で安堵のため息を吐いた。
今度こそダメかと思ったが、なんとかごまかせたようで本当に良かった。
シーツを覗き込んでいた体を起こすと、立ち眩みが起きて思わず立ち竦む。
今日は色々あったが今の問答がとどめの一撃となったのか、ドっと疲れが出てきたようだった。
呆然とした意識のまま、ベッドから「よいしょっ」と飛び降りる彼女を見届けていると、手が一瞬、光って見えた。
俺はなんとなく、「右手になんかついてるよ」と、少女の手を取った。
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